STORY 01 / 04

被災地で受け取ったものを、
これからの備えへ。
被災地で受け取ったものを、
これからの備えへ。

はじめまして。防災伴走人の久保玲奈です。

制作、講座、家庭の備え。今の私の仕事を並べると、少し違うことをいろいろしているように見えるかもしれません。

でも、自分の中ではつながっています。

人の話を聞くこと。経験や思いを、伝わる形に整理すること。そして、聞いた人が自分の暮らしに重ねて、ひとつ試してみるところまでお手伝いすること。

その出発点には、岩手県陸前高田市で出会った人たちがいます。

私が初めて東北を訪れたのは、2012年8月。大学1年生の夏休みでした。最初から防災を仕事にしようと考えていたわけではありません。建築を学んでいた私が、被災した建物を自分の目で見たいと思ったことが、最初のきっかけです。

そこから、何度も通い、人と出会い、町で暮らし、話を聞き、自分でも試してきました。

なぜ今、私がこの仕事をしているのか。少し長くなりますが、その道のりをお話しします。

The story begins
被災した建物の写真。本人の講話資料より。

1.きっかけは、建物を見たいという思いだった。1.きっかけは、
建物を見たいという思いだった。

私は東京で育ち、高校ではインテリア、大学では建築を学びました。

東日本大震災が起きた2011年3月11日は、高校2年生でした。東京でも大きな揺れを感じ、家族の安否を心配しました。ただ、その後の東北の状況は、私にとって報道を通して知るものでした。気にはなっていても、すぐに現地へ向かったわけではありません。

大学に入り、建築の授業で、津波によって壊れた建物の写真を見ました。

建築を学ぶ自分は、これを実際に見ておかなければいけない。そんな義務感に近い思いが、現地へ行くきっかけになりました。

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2012年8月、大学の先輩たちが企画した、3泊4日の被災地見学・ボランティアツアーに参加しました。岩手県の釜石市、大槌町、陸前高田市から、宮城県の南三陸町へ。被災した場所を訪れ、がれきの撤去や草むしり、子どもたちとの交流などに参加しました。

目の前にある建物や、残されたがれきの量に圧倒されました。

ただ、建物を見れば、その場所で起きたことが分かるわけではありませんでした。大学で学び始めたばかりの私には、壊れ方や構造を十分に理解することもできませんでした。

実際に足を運んだからこそ、自分が分かっていないことも見えてきました。

本人の講話資料に収録された被災した建物。

2.見ただけでは、分からなかった。2.見ただけでは、
分からなかった。

初めての訪問では、地域の人とじっくり話す機会があまりありませんでした。

被害を受けた場所は見た。でも、そこにいた人たちが何を経験し、どんな暮らしをしているのかは、よく分からないままでした。

建物の被害を見ることと、人の経験を知ることは、同じではない。その物足りなさが残りました。

私は、ツアーを主催していた大学の学生団体「TAKE ACTION!」に参加し、翌年は企画する側として関わることになりました。

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参加するときには見えていなかった準備が、たくさんありました。何をするのか、誰と調整するのか、どう参加者を集めるのか。学生だけで企画を形にしていく難しさも経験しました。

一度訪れて終わりにするのではなく、もう一度行く。今度は、もう少し人のことを知る。

そうして関わり方が変わっていきました。